僕たちの時間(とき)




 光流と別れた僕は、その足で遥に会いに楽屋へと向かった。

 チケットを頂いたことだし、ほんの挨拶程度のつもりで顔を出したのだが……今日のライブは2つのバンドのジョイントで、もちろん《B・ハーツ》はトリをつとめる。

 今、演奏しているのが前座の組だから、それが終わるまで遥は「ヒマなのー!」ということであり。

 結果、「ヒマツブシの相手になってよ!」と、半ば強引に引き止められ、楽屋のドアの前での長話、となってしまっていた。


「《B・ハーツ》って名前は、私が提案して、それでついた名前なの」

 話の中で、遥はこんなことを言った。

「どうしてこの名前にしたか、わかる?」

 当然のごとく、僕は首を横に振る。

 遥は笑顔でそれに答えた。

「《B・ハーツ》の“B”はね、“BAD”でもあるし“BEST”でもあるの。私は唄っている時、どちらの“B”にだってなれるわ。それに私だけじゃなく、女だったら誰でも、心に両方の“B”を持っている。――だからよ」

「『女だったら誰でも』……?」

「そう……女なら誰でも、愛する男(ひと)の前では“最高の女(BEST HEART)”になれる……」

 言いながら、遥は軽く僕にキスをした。

 そして、くりっとした瞳で僕を見上げて、付け加える。

「私も、あなたの前ではいつも“BEST”でいるつもりよ」

「遥……」

 その時、遥の腕時計がピピッと鳴った。

「やだ、もう支度しなくちゃ」

「じゃあ、オレ客席で見てるから。頑張ってな」

「んっ! 頑張る!」

 手を振ってから、遥は楽屋の扉の向こうに消えた。

 僕は、客席へと続く廊下を歩き出す。

 歩きながら……また僕は、こんな想いにとらわれる。


(本当に、これでいいのだろうか……?)
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