薔薇色の人生
悔しさの代償
真夜中に牧場まで歩いて辿り着いた僕は泥まみれのスーツを脱ぎ、土と血で汚れた顔を洗っていると2階から下りてきた優子さんと鉢合わせてしまった。『よぅ、お帰り!うまくいったか?チューぐらいはできたか?』と顔を隠す僕を覗き込んで『どうしたんだよ!その顔のアザは!』と肩をつかんで僕を振り向かせて叫んだ。口を閉ざす僕を居間のソファに座らせ、暖かいコーヒーを煎れて僕の両手に持たせる様に暖かい手で包んでくれた。コーヒーと優子さんの温もりが心に沁みる。『ほら、何があったか話してみな』と向かいに座る僕を促した。僕は池谷さんが来なかった事を話し『一見で入ったBarに入り一人でお酒を飲んで酔っ払ってしまいました』と話した。『それだけか?そのアザや泥はどうした?』僕は話したくなかった。暫く二人は沈黙し、掛け時計の秒針の音だけが居間に定期的なリズムだけが響いていた。優子さんは救急箱を持ってきて『一応消毒しとこうな。ほら、こっち向きな』と消毒液とガーゼで僕の顔の手当てを始めた。『強司みたいな弱虫が喧嘩なんてするんじゃねぇよ。お前らしくないぜ』とパタパタとガーゼを顔に当てる。口は悪いがその優しさに胸が熱く溶ける様な暖かい気持ちになった。『喧嘩の発端は…優子さんに作ってもらった旗なんです』と言うと、優子さんは黙って視線を僕の目に合わせた。『僕の格好が変だとか、後ろの席の男達がからかってきて…。しばらくは無視していたんですが、紙袋に入れた旗を見つけて笑いながら放り投げたんです。それでついカッとなってしまって…』冷静に話せたのはそこまでだった。あとは言葉にできずに号泣してしまった。『僕は…悔しくて…優子さんの気持ちを蹂凌されたみたいで…立ち向かっても拳一つも当てられずコヅキまわされて…』もう何も言えなかった。優子さんは僕の頭を胸に抱きかかえて優しく泣かせてくれた。僕は泣き疲れ、優子さんの温もりが心地よくそのまま眠ってしまった。翌朝、目を醒ますとソファに一人で寝ていた。毛布がかけられていて優子さんの姿は見えなかった。いつもの様に鶏小屋に卵を取りに行ったら卵が一つもない。今日は鶏も調子が悪いのかもしれない。希望園に電話するのも躊躇われ、そのまま家畜達の世話を続けていた。
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