焼き芋焼けた
 先生から厳しく小言を言われる男子生徒を見て、私は達成感を得ていました。いつも通りの一つ正しいことをしたと言う自負、そしていつもと少し違う彼女から感謝されるであろうと言う邪な期待は、彼女への恋心から来るものであることは言うまでもありませんでした。
    
 朝の会が終わると、そのまま一時間目の授業へと流れて行きました。私はいつになく授業に集中できず、幾度となく彼女に視線を向けました。
 彼女は私以上に授業など上の空な様子でずっと俯き加減のまま、無造作に広げられた社会科の教科書を眺めていました。その表情からは、彼女の気持ちを読み取ることはできませんでした。
 先程までの微かな風は止み、彼女の横のカーテンは微動だにしなくなっていました。
 私は休み時間の度、彼女に話し掛ける機会を伺いました。しかし、先程涙を見せ、その後も朦朧とした様子の彼女の周りには、彼女を気遣った女子生徒達が常に居たのです。
 私にはその女子生徒達の間を割って、彼女に話し掛けることはできませんでした。それに必要なのは、問題行動を注意するのとは全く異なった種類の勇気だったからです。
     
 彼女と話すことができないまま時間は進み、学校のチャイムは既に給食後の休み時間を告げていました。
 そのチャイムが鳴るや、彼女の元へはまた二人のクラスメイトが駆け寄りました。しかし先程までとは違い、彼女の前に立ったのは男子生徒でした。それは、前日に彼女の失態を罵倒した彼等だったのです。
 彼女は席に着いたまま恐る恐る視線を上げ、彼等の顔を眼球の動きだけで交互に見やりました。その不安気な挙動からは、確かに恐怖の色が伺えました。
「昨日はごめんなさい!」
 教室中に響くその声は、彼等の方へ踏み出そうとした私の足を止めました。その言葉は、数秒前の彼女の予測にはなかったものだったのでしょう。ピタリと同調した彼等のお辞儀姿を前に、彼女は目と口を微かに広げ、良くできた蝋人形のように固まっていました。
「いいよ。頭上げて」
 数秒後、彼女が小さくそう言うと彼等はゆっくりと頭を持ち上げ、申し合わせたかのように、揃って彼女へ穏やかな微笑を送りました。
「ありがとう。本当にごめんな」
「うん」
短いやり取りを済ませると彼女の表情は和らぎ、彼等は胸を撫で下ろし教室を出て行きました。
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