焼き芋焼けた
 彼等が去った後、彼女は穏やかな表情のまま一人で席に座っていました。それは、私にとって正に千載一遇の機会。この機会を逃せば、また当分彼女と話せないであろうことは、火を見るより明らかでした。
 私は彼女の元へ歩み寄り、私の顔を見上げた彼女へ妙に気取って話掛けました。
「庄司さん、謝ってくれて良かったね」
一一貴方のおかげよ。ありがとう。一一
 私はそんな言葉と、私に向けられる澄んだ笑顔を思い描いていました。しかし、その邪な期待は無残に打ち崩されたのです。
 私を一瞥した彼女の表情は、一瞬の内に酷く無機質なものに変化しました。そして、直ぐに私から視線を外し立ち上がると、まるで私の存在がそこにはないかのように、重い空気だけを残して去って行ったのです。
 私は事態を飲み込むことができずにいました。去って行く彼女の背中を見ながら脂汗と共に滲み出て来た焦燥感は、前日のそれとは比べ物にならないほど大きなものでした。そしてその焦燥感は、私の中に長々と居座り続けたのです。
      
 その日以来、彼女は私との接触を避けるようになりました。真面目な筈の彼女が学級委員の仕事まで疎かにして、私と関わることを避け始めたのです。
 私はなぜこのような状況になってしまったのか、布団の中で毎晩のように考えました。しかし、その答えが出ることはありませんでした。
 いえ、今にして思えば、本当は分かっていたのだと思います。しかし、私はその答えの存在に、頑なに目を背けていたのでしょう。誰に話すわけでもない言い訳を必死に考え、まるで子守唄の代わりとばかりに、毎晩のように頭の中で繰り返していたのです。酷く寝付きの悪い子守唄であったことは、言うまでもありません。
     
 私はその後も自分の考え、言わば生き方を変えることはありませんでした。そして、私の周りに居る人物は徐々に少なくなって行きました。小学校を卒業して中学校に入る頃には、私と満足に会話をしてくれる友人は、片手で数えられる程になっていたのです。
 私はその分、それまで以上に勉強に勤しむようになりました。しかし、要領の悪い私の成績は徐々に下降線を辿り出していました。
 日々忙しなく黒板に書いては消されて行くものの中には、私がいくら勉強してもどうしても理解することができないものが、一つ、また一つと増えて行ったのです。
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