焼き芋焼けた
 翌日の土曜日。私は一日を、何度とない長いため息と共に過ごしました。母親は勤めに出掛けていたため自室で勉強をしようと机に向かいはするのですが、直ぐに前夜の出来事を思い出してしまい、その度にため息が口をつくのです。
 私は直に勉強することを諦め、机の上に置いた君からの贈り物を眺めました。
 平べったい緑色をした面長の顔の上に、小さな丸い耳を二つ付けた不恰好なミッキーマウスのようなシルエットは些か滑稽で「これを見ると、何だかほっとするんです」、君がそう言っていたのが分かるような気がしました。
    
 注文した料理を粗方平らげ満腹中枢が満たされた頃、私の緊張は漸く取れかかっていました。
 君は朝にはなかった白い紙袋から、小さな仙人掌の鉢植えを取出しました。そして、乾いた摩擦音をたてながらテーブル上を滑らせるようにして、私の前に差し出したのです。
「今朝のお礼です。植物、嫌いじゃありませんか?」
 突然のことに虚を突かれた私が、お礼も言えず声を詰まらせていると、君は空かさず言いました。
「よく花壇の掃除してますよね。いつも、偉いなぁって思ってたんですよ」
 私は君の言葉が指すところを、直ぐに理解しました。
    
 アルバイト先の店の敷地内には、小さな花壇がありました。上階のワンルームマンションの住民が世話をしているのか、はたまた管理人の趣味なのかは分かりませんでしたが、パンジーやらゼラニウムやらが色とりどりに花を咲かせていました。
 その花壇は縁が煉瓦で作られていたのですが、度々学校帰りの高校生達がその縁部分に腰を下ろし、お菓子やらカップ麺やらを食べながら話し込んでいる姿を目撃しました。そして大抵の場合に於いて、それらの袋やら容器やらの塵が、放置されたままになっていたのです。
 私は彼等の姿を見掛ける度に注意はするのですが、常に見張っているわけにはいかず、私が勤めを終えて店を出ると、結局塵は放置されているのです。
 私はその状況に出くわすと、帰宅する前に必ず塵を片付けていました。
 君は上階のワンルームマンションに住んでおり、何度かその姿を目撃していたのだと教えてくれました。そして、私のその姿や店での働きぶり等を見ているうちに、次第に私に興味を持つようになり、その興味はいつしか好意、恋愛感情に変わって行ったのだと言ったのです。
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