焼き芋焼けた
 幼い頃、多摩川の河川敷を彩っていた草花。それらの中を歩くとき、それらに触れ、或いは摘み取るとき、心が癒され優しい気持ちになれた気がしたのです。きっと君自身もそんな草花の魅力に惹かれ、その道を志したのではないか。私は勝手ながら、そう解釈していました。
「その仙人掌、マーベリックって言う種類なんです。面白い形でしょ? 私これを見ると何だかほっとするんです」
 店を出る直前君が言ったその言葉が、草花の癒しの力を何よりも物語っていました。
    
 机の上の不恰好な仙人掌を眺めているうちに、私はそれに何となく親近感を感じるようになっていました。不恰好と言う私との共通点が、そう思わせるのかも知れません。そしてそれは、君が私を気に入ってくれた要因の一つでもあるような気がします。
 残念ながら私には、異性にときめきを与えるような、男性としての魅力等ありません。それは自分でも自覚しています。
 しかしそんな私の不恰好さが、この仙人掌と同じように君に安心感を与えたのではないか。人が聞けば自意識過剰だと言うのかも知れませんが、私にはそんな気がしたのです。何度も言いますがそうとでも考えなければ、私が女性に異性として好まれる筈がないのですから。
    
 私は随分長い時間、仙人掌を見ていました。いえ、正確には仙人掌を媒介にして、その先に連想する君を見ていたのです。
 しかし前日見た、或いはアルバイト先で見て来た君の姿を思い描きはするのですが、その心象は完璧な姿ではなく、所々がどうしても曖昧になってしまうのです。
 私は無性に君に会いたくなりました。その曖昧な部分を鮮明に描けるように、会って君の姿を、或いは声をもう一度焼き付けたくなったのです。
 私は君の勤め先へ行くことにしました。
「明日は早番なんです」
 前日に君がそう言っていたので、昼間のうちに行けば会えると思ったのです。
 私は普段から出掛ける用事がなくても寝間着から着替える習慣があり、また、しつこい癖毛のせいで髪を整える等の行為は意味をなさないため必要がありませんでしたから、使い古した二つ折りの茶色い財布と自宅の鍵だけを持ち施錠をして直ぐに家を出ました。
 日に日に背丈が増し色を鮮やかにする、河川敷の草花。活気が溢れる休日の商店街。駅までの見慣れた風景は、不思議といつもより輝いて見えていました。
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