焼き芋焼けた
 君の勤め先は市の中心部、川崎駅のすぐ近くでした。電車に乗ってしまえば、後は三十分とかからず着く場所です。
 私は幾つか空いていた座席には敢えて座らず、ドア付近の吊り革に捕まり、車窓を流れる景色を眺めていました。
 乗車駅を出た直後車窓が切り取っていたのは、民家や木々、疎らな人影が主の閑かな景色でしたが、川崎駅に迫る頃には敷き詰められたアスファルトとその上に立ち並ぶビル群、そして忙しなく働く蟻の群れのように、人々が行き交う様子が目に付くようになりました。
 車内からであっても、喧騒が聞こえてきそうなその風景。それが俗に言う、世知辛い都会の風景を表しているとするならば、そこに働く君はアスファルトの僅かな隙間から癒しを覗かせる蒲公英。或いは、濁った池の中に可憐を添える蓮の花。そんな存在であるに違いありません。
 不意にそんな風に考えていることに気付いたとき、私の中にある種の熱が生れていることを自覚しました。
    
 私は川崎駅に着くと、先程まで車内から見ていたその景色に飲み込まれるように、一目散に君の職場を目指しました。途切れることのない人波の流れに五分程乗ると、君の職場に着きます。
 そこは映画館を目玉とした商業施設で、その他にも種類の豊富な飲食店、一風変わった商品を揃える雑貨店、若者向けの洋服や装飾品を扱う店等、多種多様な店舗が軒を連ねていました。
 私は入口付近の案内板で花屋の場所を確認すると、家族連れや恋人達の隙間を、酷くゆっくりとした歩調で歩きました。君に会いたい一心でここまで来たものの、いざとなると顔を会わせて何と言えば良いのか、職場まで押し掛けて迷惑に思われはしないかと心配事ばかりが頭を掠め、私の足取りを重くさせたのです。
 それでも心中で自身を鼓舞し歩を進めると、一階のフロアの丁度中央辺りに、君の働く花屋を見付けました。それは、屋根や壁で囲われた独立した店舗と言うわけではなく、植物が陳列された商品棚やレジカウンター、さらには商品保存用の大型冷蔵庫等がフロアにそのまま設置された、こじんまりとした店でした。
 レジカウンターの真後ろには細やかな白い衝立てがあり、その上部には光沢のある黒い文字で『SUN GARDEN』と書かれていました。『太陽の庭』まるで君の雰囲気を表したようなその店名の下に、君の姿はありました。
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