焼き芋焼けた
 君は黒いズボンに薄手の白い長袖のシャツ、深い緑色の生地に白く店名が入った腰巻きのエプロンと言う出立ちで、長い髪は後で一つに纏めていました。隣に居る別の店員も同じ格好をしていましたから、それが店のユニフォームであることが分かりました。
 君は何やら黄色い花を基調とした、小さな花束を包装紙とビニールラップで包み、それに黄緑色のリボンを巻いているところでした。器用にリボンを装飾するその姿に、花屋と言う職業がなんと似合うのだろうと、遠くから思わず見惚れてしまうのでした。
 私は君の元へ向かおうとしました。しかし足が出ないのです。
 前日二人きりでテーブルを囲み数時間を供に過ごしたにも拘らず、未だに声をかけようとすると鼓動が激しく主張し、それと共に下腹部の辺りがもやもやと擽ったくなるのです。そうするとここまでやって来た行動力が嘘のように、たかだか数十メートルの君との距離を縮めることができなくなってしまうのです。
 私は少し施設を見て回りたいと、自分自身への言い訳を作りエスカレーターで上階に上がりました。そしてふらふらと歩きながら幾つかの店を覗いては、再びエスカレーターで一階へ降り、君の姿を確認するのです。
 本当に情けない話なのですが、私はそんな行動を四度も繰り返しました。そして、四度目の行動の後覗いた店には、君の姿がなくなっていたのです。
 私は君が死角に入ったのかと思い、花屋に近付きました。そして、店の周りをゆっくりと一周しましたが、君の姿はどこにもありませんでした。
 少し席を外しただけだろうと思いながら、ふとフロアの柱に掲げられた時計を見ると、時刻は十七時を回っていました。
 私は自分の目を疑いました。
 私が自宅を出たのは昼食を食べる前でしたから、ここへ着いたのはどんなに遅く見積もったとしても、十三時は回っていなかった筈です。つまり四時間以上もの時間決意を固められず、ふらふらと彷徨い歩いていたと言うことになります。
 早番の終わる時刻は聞いていませんでしたが、もしそれが十七時であったならば、君は既に帰り支度をしている頃でしょう。
 私は店の植物に、何やら薬のようなものを注している黒髪の女性店員を捕まえました。そう言えば私がここへ来たときには、彼女の姿はありませんでしたから彼女が今日の遅番で、既に引き継ぎを済ませたのかも知れません。
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