焼き芋焼けた
「勿論いいわよ。貴方がお友達を連れて来るなんて、いつ以来かしら? しかも女の子だなんて。ご馳走を沢山用意しなくちゃね!」
 まるで自身の誕生日であるかのように興奮気味に喜ぶ母親に、私はホッと胸を撫で下ろしました。
 母親はシンクの方に向き直ると、鼻歌混じりに洗い物を再開しました。
「ありがとう。宜しくね」
「分かった。任せておいて」
 私は楽しげな母親の背中に向け小さく微笑すると、自室に戻り君にメールを送りました。その数分後に届いた返信のメールには、君の喜悦と当日への期待が溢れ出ていました。
 私はそのメールの文字に君の笑顔を重ね、誕生日当日までの間何度も読み返しては、一人だらしなく顔を綻ばせたのです。
    
 誕生日の当日、私達は私のアルバイト先の店先、つまり君の住むマンションの下で待ち合わせをしていました。私は学校で朝からたっぷりと授業を受け、地元の駅に戻って来たのは約束の三十分ほど前のことでした。
 君の住むマンションは十分ほど歩き商店街を抜ければ直ぐの場所でしたから、私は時間を調整するように少し遠回りをしながら向かいました。それでも約束より五分ほど早く到着したのですが、そこには既に君の姿があったのです。
 君はカーキ色の細身のズボンとシンプルな白い靴を履き、厚手でベージュ色の生地に凝った刺繍をちりばめた、肩から膝までを覆う洋服を着ていました。
「素敵な服ですね。少しいつもと雰囲気が違って見えます」
 素直に述べた私の感想を聞いた君は服の裾を両手で摘み、僅かに広げるようにして見せました。そして照れ笑いを浮かべると、「今日初めて卸したの。先月買ったんだけど、大樹君の誕生日に初めて着ようって決めてたんだ」と、そんなつもりはないのでしょうが、最早私にも照れ笑いを強要するも同然の台詞を吐くのです。私が堪えつつも、口元を緩めてしまったことは言うまでもありません。
「行きましょう」
 私の言葉を合図に、自宅までの道程を歩き出しました。
 私の左手を握った冷え性な君の右手はいつも以上に冷たく、随分早くから待っていたことを伝えるようで、私は握った左手に熱を込めるように力を加えたのです。
    
 私が自宅の鍵を開けドアノブに手を掛けようとしたとき、「ちょっと待って!」そう言いながら、君が私の腕を掴みました。
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