焼き芋焼けた
 黒に近い灰色の毛並みは酷くに荒れ、みすぼらしくさえ思えました。その痩せた猫は通行人からでも与えられた物でしょうか、パンの切れ端をくわえていました。
 すると、その痩せた猫とは正反対の丸々と太った大きな猫がのそのそと近寄って行ったのです。黄土色で、背中や足には白い斑模様。痩せた猫に向けられる低い鳴き声は、「それをこっちによこせ」と言っているように聞こえました。
 痩せた猫は危険を察したらしく、パンをくわえたまま私達の居る土手の下へ駆け降りて来ました。すると太った猫は直ぐ様その後を追い、土手を下り切った辺りで痩せた猫を捕まえました。痩せた猫がパンを地面に落とすと太った猫は痩せた猫を解放し、そのパンに食い付きました。痩せた猫は諦め切れないのか、食事にありついた太った猫を数メートル離れた場所から見ていましたが、近付こうとすると視線と鳴き声で威嚇され、結局どうすることもできずにいたのです。
 私はその光景に、子供ながらに憤りを感じました。母親の手を振り払い、パンを頬張る太った猫めがけて走ったのです。
 太った猫は猪の如く突進して来る二足歩行の生き物に驚き、パンを地面に落としビクッと体をすくめました。しかし、せっかくありついた食事を守るため、またその生き物の体が余り大きくはなかったこともあったのでしょう、パンを拾おうとした私の腕に飛び付き爪を立てました。
 私は右腕に鮮痛を憶えましたが、怯むことなく太った猫を振り解きパンを拾うと、痩せた猫の傍へ投げました。更に地団駄を踏んで迫ると、太った猫は「これはかなわない」とばかりに踵を返し、一目散に逃げて行きました。
 母親が慌てた様子で私の元へ駆けて来たのは、その直後でした。
「いったいどうしたの? 大変、怪我してるじゃない」
 私の右腕に爪痕と鮮血を見付けると、母親は私の左腕を強く引き、自宅への道を引き返しました。
 私は怪我を負った右腕よりも、むしろ強く握られた左腕に痛みを感じていましたが、母親は完全に動揺しており、そのことに気付く様子はありませんでした。
    
 自宅に戻ると、私は橙色の四脚ソファーに座らされました。
 母親は押し入れの中から救急箱として利用しているクリアケースを、テーブルの上から赤いフェルト生地のカバーを着たティッシュ箱を持って来ると、私の足下で膝立ちの格好になりました。
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