焼き芋焼けた
「なんか、ドキドキして来ちゃった」
 君はそう言ってから、胸に手を当てて大きく深呼吸をしました。私は一回二回と上下する君の肩が落ち着くのを待ってから、君の首肯の合図を確認し、今度こそドアを開けたのです。
 私はリビングまで君を招き入れると、台所に居た母親を呼びました。
「初めまして。大樹の母親です」
「初めまして。岡本亜紀と申します。いつも大樹君にはお世話になってます」
「いえ、こちらこそ。仲良くしてくれて、ありがとうございます。今お料理運びますから、座っててくださいね」
 緊張のせいか酷く堅苦しい初対面となった君達でしたが、そこは女性同士。母親の手料理の数々が食卓を彩り私の細やかな誕生日会が始まると、君達はたちまち打ち解けてしまうのでした。
 母親が日頃の私と君の付き合いについて尋ねれば、君は恥ずかしそうに答える。君が私の幼少時代について尋ねれば、母親は嬉々として話す。主役である私を差し置いて、君達の会話は跳ねるように飛び交っていました。挙句の果てには私の話題すらなくなり、お互いの趣味や仕事についての話をとめどなく続けるものですから、私はその話に耳を傾けながら、一人食事に専念するより仕方がありませんでした。
 しかし、その状況に不満を持っていた訳ではありません。寧ろ君たちの馬が合った様子に安堵し、微笑ましくさえ感じていたのです。それはまるで、子猫の戯れ合う様を眺めているような、とても穏やかな気持ちでした。
    
 誕生日会を始めて一時間ほどがたった頃、席を外した母親が、白い包装紙と赤いリボンで梱包された箱を持って現れました。
「はい、プレゼントよ。誕生日おめでとう」
「うん。ありがとう」
 私はお礼を言うと母親に了解を取り、その場で梱包を解き箱を開けました。中に入っていたのは、深い緑色に大きな白い『N』の文字が入ったスニーカーでした。服装には全く拘りのない私ですが、このブランドのスニーカーだけには何故か愛着がありました。
 小学生の頃、母親に連れられて行ったデパートで初めて見たその『N』のロゴに私は不思議と惹かれ、それからスニーカーを買うとなれば大抵そのブランドのものを選ぶようになったのです。母親は勿論そのことを知っていましたから、このスニーカーをプレゼントに選んだのでしょう。
「あっ、ニューバランス!大樹君、よく履いてるよね?」
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