焼き芋焼けた
 君は横から覗き込みながら言いました。それからソファーの上に置いた自身のバックの方を一瞥し、突然「あっ」と声を上げたのです。
 こちらに向き直った君は引きつった苦笑を浮かべており、微かな動揺が見て取れました。
「プレゼント……忘れて来ちゃった」
 そう言って小さく舌を出しおどけて見せる君に、私と母親は笑い声を上げました。釣られるように君も笑い出し、リビングは暫し愉快な空気に包まれたのです。
「貴方が亜紀ちゃんを送ってあげなさい。そのときに戴けばいいじゃない。女の子の夜道の一人歩きは心配だし」
 母親の的確な提案に私も賛成し、遠慮して断ろうとする君を二人して納得させました。
 母親の言うことも勿論ですが、単純に私が少しでも長く君の傍に居たい。あの仙人掌以来となる君からのプレゼントを、早くこの手にしたい。正直に言えばそんな気持ちの方が勝っており、それこそが君を送って行くことの主たる動機であったような気がします。
    
 月並な感想ではありますが、楽しい時間は瞬く間に流れて行きました。気が付けば時計の針は二十二時を回っており、君は招待に対するお礼と長居したことのお詫びを述べ手早く身支度を済ませました。
 私も高校生のときから愛用している紺色のダッフルコートを直ぐに羽織り、君を玄関まで誘導しました。
「また、いつでも来て下さいね」
「はい。ありがとうございます。とっても楽しかったです」
 君達の会話は決して社交辞令等ではなく、本心でそう思っていたのしょう。事実このときより先君は度々私の自宅を訪れるようになり、母親との関係も親密になって行くことになるのですから。
「じゃあ、送って来るね」
 私はそう言い残し、自宅のドアを締めました。
 マンションの外へ出ると風はまだ強いままでした。さらには日中蓄えた地熱も奪われ始め、先ほどより低くなった気温のせいで寒さは一層痛感され二人して身を竦めました。コートを着ている私はまだ良いものの、君の服は厚手であるとは言えその日の寒さを凌ぐには不十分な物でしたから、次第に小刻みに震え始めたのです。
「今日は真冬みたい。まだ十一月なのにね」
 震える体から発せられる声はやはり震えており、そのか細いビブラートを聞いた私の体は自然と反応し意識より先にコートを脱いでいました。そして、それをそっと君の肩に掛けたのです。
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