焼き芋焼けた
 それからティッシュを傷の下に当てがい「少し凍みるけど我慢してね」と、クリアケースから取出した消毒液を始めは私の様子を伺いながらぽたぽた垂らすように、私が苦痛を訴えないのを確認すると、今度は勢い良く吹き付けました。私は興奮状態にあったのでしょうか、その時は二センチ程の長さに引かれた三本線の傷に消毒液を掛けられても、余り痛みや凍みると言った感覚はありませんでした。
 母親は暫くの間落ち着かない様子で、「病院に連れて行った方が良いのかしら?」等とぶつぶつと独り言を話したり何度も傷に息を吹き掛けたりしていましたが、時間の経過と共に徐々に落ち着きを取り戻して行きました。
       
 自宅に戻ってから、どれくらいの時間が経ったでしょうか。それは、正確には分かりませんが、母親が完全に冷静さを取り戻すのに要した時間であり、私が興奮状態から覚めたのか、傷にズキズキと軽い痛みを感じ始めるまでの時間でした。
 母親が私の両手を優しく握り、顔を覗き込みながら言葉を発しました。
「どうしてあんなことをしたの? ご飯を取り上げたりしたら、猫さんが可哀想じゃない」
 母親は私がそのような行動に至る理由となった、二匹の猫の経緯は目撃していなかったようで、私が何の前触れもなく、突然猫に向かって行ったと認識していました。
 母親の声には先程までの慌てた様子も私を叱り付ける様子もなく、いつもの穏和な口調に戻っていました。そのことからも、母親が冷静さを取り戻していたことが分かりました。
 私は事の経緯を、また、それに関して私が感じた気持ちを母親に伝えました。
 その頃の私はどちらかと言えば大人しい性格の子供でしたし、興奮して感情的になることなど殆どありませんでした。
 しかし、あの太った猫が奪い取ったパンの欠片を満足気に頬張る姿を、また、その様子をどうすることもできないまま見ている痩せた猫の姿を見たとき、それまでは感じたことのないどうしても堪えることのできない怒りの気持ちが込み上げて来たのです。
 その気持ちは火口から湧き出るマグマの如く熱く熱せられており、私の小さな体に収まる許容など直ぐに超過し、体の外に飛び出して来たのです。その瞬間、私は自分でも意識する前に、あのような行動に至っていたわけなのです。
 私は幼い子供の拙い言葉ながら、気持ちを伝えようと精一杯話しました。
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