焼き芋焼けた
 愛する息子の言葉だからでしょうか。或いは、気持ちを伝えるには大人の出来上がった言葉より、寧ろ子供の感情をそのままぶつける言葉の方が効果的なのかも知れません。母親は私の気持ちを、正確に汲み取ってくれたようでした。
 私の話を全て聞き終わると、母親は私の頭を胸に抱えるようにして抱き締めました。外の陽気のように暖かな母親の胸に蹲るうち、興奮気味だった私の気持ちは、またゆっくりと落ち着いて行きました。
      
 暫くの後、私は微かな異変に気付きました。私を包む母親の体が、小さく震え出したのです。
 私は母親の腹部を軽く押すようにして、頭を持ち上げようと試みました。しかし、母親は私の頭を強く抱き締め、私が離れることを拒みました。
「ごめんね。もう少しだけこうさせてちょうだい」
 その震えるか細い声を聞いたとき、私は母親が泣いていることに漸く気が付いたのです。
「どうしたの? お母さんも猫に引っ掻かれたの?」
 母親が猫とは接触していないことは知っていましたし、子供である私でさえ泣いていないのに、母親がその程度のことで涙を見せる筈がないことも知っていました。自分でも素っ頓狂なことを言っているとは理解していましたが、どこをどう探しても、母親が涙する理由が見付からなかったのです。
「お母さん、苦しいよ」
 その言葉を聞くと母親の腕の力はゆっくりと弱まり、私は今度こそ顔を持ち上げることができました。そして俯き加減な母親の顔を覗き込むと、その目には予想通りの涙があったのです。必死で堪えようとした母親の大きな目いっぱいに溜まった涙は、遂に堪え切れず雫となって溢れ出した。そんな印象を受けました。
 母親は笑顔で優しい。しかし逞しく、いつも私を守ってくれる。私にとって母親はそう言う存在であり、それを疑うことはありませんでした。しかし、目の前で流れるその雫は、逞しい母親とは違うか弱い女性の部分を映し出していました。
「どこか痛いの? 悲しいの?」
「違うの。そうじゃないのよ」
 母親は私の両肩に手を添え、潤んだ目で私と視線を合わせ、そして、話し始めました。
「貴方のその癖っ毛も、お肉の詰まった丸い頬っぺも、豚さんみたいな短い指も、全部お母さん似。お母さんの大好きだった、貴方のお父さんに似ている所なんて、見当たらないと思っていたの」
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