焼き芋焼けた
「でもね、貴方はお母さんがお父さんの中で一番大好きだったところを、ちゃんと受け継いでいたの。それが嬉しくて、お父さんを思い出してしまって……」
 そう言うと、母親の目から再び大粒の雫が流れ落ちました。母親はもうこれ以上堪えることは諦めた様子で、次々と零れる涙を拭うこともしませんでした。
「貴方のお父さんはね、とても正義感の強い人だったの。正義感と言うのはね、間違ったことを許さない、弱い人を助けたい、そんな気持ちのことよ。お父さんは背が高かったし、顔も素敵だった。とても優しくて、気遣いのできる人だったわ。でもね、お母さんが一番好きだったのは、その人一倍正義感の強いところだったのよ」
 日頃母親は、余り父親の話をしませんでした。私が父親について聞けば教えてくれましたし、頑なに話さないと言うのとは違いましたが、自ら進んで話すことはありませんでした。その理由が、このとき分かったような気がしました。
 日頃私のために気丈に振る舞っていても、愛した人を亡くした悲しみ、供に居られない日々の淋しさは、いつまでも消えるものではありません。父親を愛していればいるほど、供に過ごした日々が幸せであればあるほど、それらを思い出したときの寂寞の思いは、津波のように強く押し寄せて来るのです。
 母親はきっと、私の前で弱い自分を見せまいとしていたのでしょう。
 父親のことを熱心に話せば、父親を直ぐ傍に求めてしまう。涙までは見せないとしても、確実に弱い部分を曝け出してしまう。そう確信していたのだと思います。
 恐らくは、父親を思い出すのは私が眠った後。寝室の写真にあった少年のような笑顔を思い描いては、一人涙した日もあったことでしょう。
 お母さんはお父さんのことが大好きなんだ。今でも、ずっと……。母親の涙と、そして、その万感の言葉を聞いたとき、私の中にそんな気持ちが自然と浮かんで来ました。
 父親は母親に沢山のものを残しました。愛情と思い出と、少しの貯金。しかし最大の贈り物は、父親との間に授かったこの私の筈です。その私の中に父親の面影、しかも自分が最も愛した部分を感じたことが、母親にとっては心が揺さ振られるほどの喜びだったのです。
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