聖夜の恋人
「いらしゃいませ」
「あの、中川。中川晃司こちらにいますか?」
名前を聞いた瞬間息を飲んだ。
「中川は今出張で新潟に行っていますが」なるべく手短に答えた。
「そうですか」
女は肩を落としてそういった。
そしてバックの中から一枚の紙と名刺を取り出して「これ渡しておいてもらえますか」といった。
私は手に取りすぐに名刺を見た。嫌な予感は外れることもなく『金村愛子』とはっきりと書いてあった。
「すいませんがお願いします」
女はそういって頭を下げ後ろを向き足早に歩いていった。シャネルのチャンスの匂いだけが強く残った。

しばらく放心状態で名刺と一枚の紙を見つめた。
なぜこんな偶然が起きてしまうのだろう。必然とはこういうことなんだろうか。あのときかかってきていた電話で日本に来ることを伝えたかったに違いない。
たまたまこのレジにいた私があの時中川さんの腕に寄り添っていた女で中川さんのことを愛してるとは思ってもみないだろう。
アドレスに入っている『ai』は愛子の『ai』。『kn』は金村の『kn』。
ぴったり当てはまった。イライラするほどに。
そして私は一枚の紙を開いた。
『晃司へ 20日に日本に帰ってきました。仕事がやっとまとまったの。しばらくこっちにいるつもりです。やっぱりあなたしかいないわ、クリスマス待ってる。  愛子』
見てもいいことはないことはわかっていた。出来ることなら破り捨てたい。この手紙を渡さなければ中川さんはこの事実を知ることなく私とイブを過ごすはずだ。
クリスマスイブの約束はもともと私のほうが先だったし…。
考えれば考えるほど悲しくなった。
< 30 / 41 >

この作品をシェア

pagetop