好きだと、言って。①~忘れえぬ人~

給料日前なのに、シティ・ホテルの展望ディナーを奮発してくれると言うから、何かあるとは思ったけど――。


その私の反応に目の前の彼、本日のディナーの太っ腹な招待主。


私の五年来の恋人・篠原直也は、『仕方がないなぁ』という風にメガネの奥の綺麗な二重の瞳を柔和そうに細めると、もう一度同じセリフを繰り返した。


「だから、もうそろそろ結婚を視野に入れないかって、言ったんだ」


結婚――。


その二文字の意味する事の重大さに、思わずゴクリと唾を飲み下す。


何となく、そうなるんだろうなぁと言う気はしていた。


短大を卒業後、就職した会社の先輩だった直也と付き合って、この五年。


私にとってそれは、日だまりのように穏やかで、満ち足りた日々だった。


コピーすら満足に取れなかった新人OLの私に、厳しいけれど、いつだって丁寧な指導をしてくれた、優しい『篠原先輩』


彼から交際を申し込まれたとき、正直驚いたけど嬉しくもあった。


激することのない穏やかな気性と、それを表すような理知的な風貌。


七歳年上の直也は、大人で優しい。


いつだって、私の事を一番に考えてくれるし、


なにより。


私は、この人のことが好きだ。

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