好きだと、言って。①~忘れえぬ人~


私、元気がなかった――ところなんて伊藤君に見られたことないよね?


元気がないのを知っているのは――。


「浩二がさ、大分心配してたんだ。ものずごく、落ち込んでいるみたいだってね」


え……?


浩二?


浩二だぁっ!?


「……伊藤君」


アイツのへらへら顔が脳裏を過ぎり、思わず声がワントーン低くなった。


「もしかして、私を誘うように、浩二に頼まれたりした?」


「ああ。気晴らしでもさせてくれないかって。俺も、練習がオフだったし、ちょうどよかったよ」


そう。


そういうことか。


「……ごめん。ちょっと、トイレに行ってくるね」


私は、ハンドバックをむんずと掴んで、ツカツカと公衆トイレに向かった。


もちろん。


トイレに入るためじゃない。

< 97 / 223 >

この作品をシェア

pagetop