=Dear X'mas=【短編集】
想い出
街中にちりばめられたイルミネーションの中を、君は息咳切らせて走ってきた。
そんなに急がなくても僕は逃げやしないのに、君はやけに忙(セワ)しなく僕の腕にしがみついた。
「ねっ!チケットあるの。今夜で期限切れちゃうから行こうよ」
手袋を外した赤くて小さな手には2枚のチケットが握られていた。
それは今年できたアイススケート場の招待券だった。
「ねっ!近くだし、栄ちゃん滑るの得意じゃない」
屈託のない笑顔で言われると断りきれない。
スケートシューズに履き替え、怖々立つ君を見ていると思わず抱き締めたくなる。
「大丈夫か?」
不安定な君の腰を支え、まるであの時に戻ったかのように絡み付く。
そう、君はもう僕の恋人(モノ)じゃない………
「ありがとう」
そう言って見上げる視線は、昔と少しも変らなかった………
「やっぱり、栄ちゃんは上手だね。私、ついていけないよ」
何度目かの手助けの後、君は僕を見つめて離れない。
「ねぇ、まだ恋人はできないの?」
まとめてた君の髪がほどけて風になびく。
こんなにも君を僕の中にしまいこみたいのに、そう聞く唇が疎ましい。
「………もしかしてまだ、私のこと?」
何も言えない僕におどけた君の……鋭い疑問。
恋人達がはしゃぐリンクはそこだけ時が止まったようで、キャロルすら聞こえない。
「どうして僕に連絡したの?」
別れてから3年、君を忘れたことなんて少しもなかった。
そして君からの呼び出しメールについたあの画像の意味を知りたい。
「………懐かしかったでしょ?あの写真を送れば栄ちゃんはきっと来ると思ってた」
それは、初めて行った2人きりの旅行の写真だった。
「独りでいられる最後のイヴは特別でありたいじゃない?」
淋しく笑った君を抱き締めるのに、時間は要らなかった。
誰かの奥様(モノ)になる前に2人の夜を闇に溶けさせてしまおう。
そう、いまだけ・・・
=fin=