亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
…時々、ウルガは心の内で独り考えを巡らす。
この若き青年王は、何故このケインツェル…そして自分を疑いもしないのだろうか、と。
自分達は前バリアン王である老王に仕えていた人間である。
老王に従っていた者、老王を殺めた者。互いにそう易々と信用出来る筈が無いと思うのだが…当のリイザは何も気にしていないのか何なのか、平然と無防備の背中を預けてくる。
…味方の中に、我が主に謀反を起こす不届き者がいないと信じているが…リイザの、あの自信は何処から出ているのだろうか。
当初は、主から信頼されていると思っていたが。
(………いや…この御方は…)
ウルガは、暗闇の中に浮かび上がる若い獅子の…若き王の鋭い眼光を静かに見詰めた。
あの瞳には、濁りが何一つ見当たらない。水面の様に透き通っていて、砂漠の陽光に似たギラリとした光を孕んでいて。
刃物の如く、尖っている。
そう…あの目を向けられた時は、刃を向けられた時の感覚と酷似しているのだ。
きっと我が主は、元から。
(……誰も、信じてなどいないのだ…)
…結局のところ、その真意は当人にしか知り得ないものだが、例えそうだとしても自分の忠誠心は決して揺らぐ事は無いとウルガは断言出来る。
…ウルガは、王に仕えているのではない。
彼の固い忠誠心と正義は、元々国そのものにしか向けられていないのだから。
ケインツェルの隠密計画の成り行きはさておき…ウルガはずっと頭の隅に引っかかっていた別件の話を切り出す事にした。 未だに傍で忍び笑う陰険眼鏡を意識から外し、ウルガは普段あまり使わない寡黙な口を動かす。
「………陛下、先日の…フェンネルからの書状ですが………如何様な処置をお考えなのでしょうか…?」
…書状、というのは、数日前に訪れたフェンネルの使者から渡された国書の事である。
以前から数えて二回、三国間の平和協定への参加を促す書状が届いていた。バリアンはその二回とも拒否を決め込んだが、今回三度目となる同様の書状を飽きずに送りつけてきた。