亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
主のリイザに追い付くべく早足で歩を進めているのだろう。

重ねられていた視線は呆気なく外され、緑の髪を靡かせる小柄な少女の背中はウルガの視界の向こうですぐに小さくなっていった。
廊下の暗がりにその姿が溶け込んだのが最後。足音一つ聞こえず、気配さえも完全に無くなってしまった。


数秒の後、人気も減り、一気に静寂が漂い出した謁見の間で…ログが消えていった先を、ウルガはしばし見つめたまま立ち尽くしていた。



「…相変わらず何のリアクションも無ければ眉一つ動かさない……あぁ、つまらないですねぇ…」

「……ケインツェル…いい加減にしろ」

実に退屈そうに溜め息を吐くケインツェルに、ウルガは怒気を孕んだ眼光を投げつけた。向けられた者の多くが、その威圧感に怯んでしまう獣の如き瞳にも、この側近は全く動じない。
無駄に良く磨かれた眼鏡のレンズが、キラリと光る。その反射光諸共、弾かれているのではなかろうか。

固い握り拳を向ければ、ケインツェルはニヤニヤと笑みを浮かべたまま一歩後ずさった。

「おっとウルガ、か弱い人間にそんな殺気を向けないで下さいよ…フフフ、暴力は反対です」

「…ならば早々に立ち去ることだな。この拳が貴様に飛ぶ前に」

「おお怖い」


苛立ちを露わにするウルガから、まるで遊び回る子供の様にひょいと大きく跳び下がると、ケインツェルは法衣の裾をつまんで優雅な歩みを見せながらウルガに背を向けた。

左右にフラフラと揺れながらの落ち着かない足取りで、その細身のシルエットは廊下の奥へと消えていく。


その後ろ姿、大理石を叩く足音、息遣いさえも闇にのまれてウルガの意識の外にようやく消えたのだが。あの忌々しい高笑いは、時間を置いて唐突に響き渡ってきた。



悪意が笑っている。
純粋な悪意そのものが、高らかに。







ウルガは篝火に照らされた足元の床に目を落とした。
ぼんやりと暖色に染まる一面の大理石には、うっすらとだが広大な地形図が浮かんでいる。

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