亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
そんな退屈が付きまとう日々がしばらく続いていたのだが、三年前の老王崩御を経てからというもの…周囲の環境はガラリと変わり、同時にケインツェルの枯渇した心も急に潤い出したのだから、人生捨てたものではないと彼は毎日歓喜に震えていた。
彼の表情からは、彼を知る人間のほとんどが「苛々する」と口を揃えて不評する笑顔がとにかく絶えない。
それもその筈。彼にとって退屈で仕方なかった大嫌いな世界は、今、未曽有の時代を迎えた彼の望んだ世界なのだから。
その興奮故か、近頃はあまり眠れない日々が続いている。
とにかく身体が異常な程に弱い彼にとって、睡眠不足はなかなか致命的なのだが、浮き足立った彼は身体の調子などお構い無しの様だった。
そもそも城の上司も部下も、誰も彼の体調など気にもしていなかったが。
そんな夢いっぱい、スリル満点な先の展開を楽しみにしつつ、別に気合いを入れている訳では無いが、後ろで一つに結い上げた長い黒髪に紅色の簪をグサリと勢い良く差し込み、先程から刃が交わる小気味良い音色を背景に好きな武術を前にしながら、ケインツェルは羊皮紙を読み上げるのだった。
誰もが「とにかく苛々する」と口を揃えて不評する彼の声が、別段大きいわけでもないのに謁見の間に響き渡る。
「―――恐らく、両国ともこちらの動きに気付いていると思われますねぇ。まぁ、感づいているだけで具体的な内容まではまだまだ把握出来ていないでしょうけれどねぇ!フフフフフ!…あちら側もそうですが、我々の足元でも動きがあった様ですよ、陛下。今朝方に報告が届いておりました」
そう言って手元の羊皮紙を団扇代わりにして扇ぎながら高笑いを上げるが…いつもならば三段階まで伸びる彼の笑い声は、直後に響き渡った鉄の鈍い音色でかき消された。
ケインツェルの数メートル前で、目で追うのには些か苦労する乱闘が繰り広げられている。
時折衝突しては飛び散る明るい火花で謁見の間を飾っているのは、二人の似ても似つかぬ男。