亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
男が途端に笑みを引っ込め、カッと見開いた双眸でライを睨みつけて呟いた。死が目前に迫った人間のそれは、異様な迫力を伴ってライを射抜いた。
ほとんど動かせない筈の男の手が、注視していなければ分からないくらいの僅かな動きを見せる。血と、砂利に塗れた指が…震えながら、ライを指し示した。
「―――てめえ、の、手は……俺の、返り、血で……染まって、い、るじゃ…ないか……何が…俺達と、違うんだ……俺に、言わせりゃ…………てめえも、俺、と…同じだ、ぜ…………同じ…………臭え、血の、匂い…………同じ穴の、狢…」
立派なことを、誇りに思えることをやっている様に見えても、例えその行く先が明るいものなのだとしても。
理由だとか、言い訳だとか、そんなものを無くしてしまえば。
「てめえらも……俺達も……………………ただの……人殺しだ、な……!…………ヒ……ハハ……ハハハハ……!…………ハ…………ァ…」
不意に吹き渡る夜気を孕んだ風が、男の掠れた笑い声をかき消していったかと思うと、今にもその口は再度下卑た嘲笑を吐き出しそうだったが……それきり、男の声を聞くことはなかった。
とっくに乾ききった男の眼球に、細かな砂埃が張り付いていく。ギラギラとしていた眼光は、既にそこにはなく…蛇に睨まれた蛙の如く、男から視線を逸らせないでいたライの瞳は、ようやくここで生気を取り戻した。
「……」
身体同様、小刻みに震えて視点が定まらずにいるライの視線は、そっと……目下の己の手に、落ちた。
先程までダガーを握り締め、力の限り振るい、生々しい感触を直に感じながらも一心不乱に人の身体を貫いていた……自分の右手。
身体の一部で、見慣れているのは当たり前なのに……まるで、手の形をしただけの、何か違う得体の知れないものに見えた。
(僕の、手……)
……赤い。手のしわの溝にまで染み渡っている。所々粘り気がある。まだ生暖かい。鼻を掠める不快な臭い。
……気持ち悪い。汚い。気味が悪い。赤い。赤い。気持ち悪い。
ああ、本当だ。
僕の手は、そこにあるあの男と、同じじゃないか。
同じじゃ……。
―――気がつけば、ライは右手を衣服の裾に擦りつけていた。
まるで皮膚もろとも剥ぎ取るかのように、強引に無我夢中で、強すぎる摩擦で血が滲もうとも。
ほとんど動かせない筈の男の手が、注視していなければ分からないくらいの僅かな動きを見せる。血と、砂利に塗れた指が…震えながら、ライを指し示した。
「―――てめえ、の、手は……俺の、返り、血で……染まって、い、るじゃ…ないか……何が…俺達と、違うんだ……俺に、言わせりゃ…………てめえも、俺、と…同じだ、ぜ…………同じ…………臭え、血の、匂い…………同じ穴の、狢…」
立派なことを、誇りに思えることをやっている様に見えても、例えその行く先が明るいものなのだとしても。
理由だとか、言い訳だとか、そんなものを無くしてしまえば。
「てめえらも……俺達も……………………ただの……人殺しだ、な……!…………ヒ……ハハ……ハハハハ……!…………ハ…………ァ…」
不意に吹き渡る夜気を孕んだ風が、男の掠れた笑い声をかき消していったかと思うと、今にもその口は再度下卑た嘲笑を吐き出しそうだったが……それきり、男の声を聞くことはなかった。
とっくに乾ききった男の眼球に、細かな砂埃が張り付いていく。ギラギラとしていた眼光は、既にそこにはなく…蛇に睨まれた蛙の如く、男から視線を逸らせないでいたライの瞳は、ようやくここで生気を取り戻した。
「……」
身体同様、小刻みに震えて視点が定まらずにいるライの視線は、そっと……目下の己の手に、落ちた。
先程までダガーを握り締め、力の限り振るい、生々しい感触を直に感じながらも一心不乱に人の身体を貫いていた……自分の右手。
身体の一部で、見慣れているのは当たり前なのに……まるで、手の形をしただけの、何か違う得体の知れないものに見えた。
(僕の、手……)
……赤い。手のしわの溝にまで染み渡っている。所々粘り気がある。まだ生暖かい。鼻を掠める不快な臭い。
……気持ち悪い。汚い。気味が悪い。赤い。赤い。気持ち悪い。
ああ、本当だ。
僕の手は、そこにあるあの男と、同じじゃないか。
同じじゃ……。
―――気がつけば、ライは右手を衣服の裾に擦りつけていた。
まるで皮膚もろとも剥ぎ取るかのように、強引に無我夢中で、強すぎる摩擦で血が滲もうとも。