亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~

「―――消えない……消えない…………消えな、い……!」

この手の赤が。あの、感触が。

最早目下の汚れた手の赤が、返り血なのか自分のものなのか、判断もつかなくなったライは、ひたすら擦りつけながら……いつの間にか浮かんでいたらしい涙を、流した。

消えない、消えない、消えない、赤が、消えない。

消えない…!消えない…!
消えな…。


揺れるライの視界を占めていた、濁った赤で汚れた己の手に……不意に、それとは似ても似つかぬ真っ白な、細く小柄な手が、そっと重ねられて…。

同時に、苦しい胸の痛みや身体の震えが徐々に治まっていくのを、ライはぼんやりと感じていた。
ひんやりとした白い手。
その手を目で辿って顔を上げたライの目の前には…いつの間に側にいたのだろうか。その純粋無垢な大きな瞳で不思議そうにこちらを見詰めるサナの姿があった。

「……サナ…?」

掠れた声で彼女を呼べば、サナはライと自分の手の大きさを比べるかの様に重ね合わせて…。

「―――おな、じ」

「……え…?」

…ずっと話せずにいたサナが、途切れ途切れではあるがしっかりと聞き取れる言葉を発した。
先程、偶然にもライの名を呼んだ事にも今考えれば驚く出来事だったが…彼女はそれ以上の言葉を紡ごうとしている。

そして、サナは拙い言葉をゆっくりと、ライに渡したのだった。





「おな、じ……おなじ……ライ…おなじ…。…サナ………サナと…ライ………おなじ」

「……」



…それは、以前商人の亡骸を街中で見つけた時、亡骸を不思議そうに見ていたサナに自分が言った言葉と、同じものだった。



みんな、同じ。どんなに変わっていても、みんな同じ人。同じ人間。……同じ、手の形をしている…。




………サナが何を思ってそんな事を言ったのか、意味が分かっているのか、ライには分からないが。



その綺麗な手と、汚れきった自分の手を…………彼女は、同じだと言ってくれて。

こんなに綺麗な手で、血まみれの自分の手に触れてくれて。


人殺しの僕なんかに、触れてくれて。

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