亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~




「――極めてシンプルな一文だけがここにある。……『了承した』。これがバリアンの答えだ」

そう言って周囲から集中する多くの視線を払うように、ローアンは頭上に掲げていた一枚の真新しい羊皮紙…バリアンからの文を、兵士らで囲んだ卓上に滑らせた。

ひらりと舞ういかにも高級な作りのそれは空を裂き、自己主張するかのように卓上の中央へとそっと降りた。厚みのある真っ白な羊皮紙には逆さに燃えるバリアンの紋章と、広い紙面の中で孤立する黒々としたインクが象る短い文字。

たったの一文。要件も何もかも省かれたその短い返事に………驚きと、少しの懐疑心を孕んだ様々な視線が幾数も突き刺さった。

「陛下…これは…このバリアンからの返答というのは、つまり…」

文面を凝視したまま恐る恐るといった様子で兵士の一人が声を漏らす。その先を言うべきかどうかと、言い淀まれ詰まってしまった会話の流れを戻すように、ローアンの隣で呑気に首を回していたダリルがさらりと言葉を繋げた。

「まぁ、つまり。平和協定への参加に応じるよ、バリアンより…ってことでしょ」

「ああ、そういうことだ」

「そういうことですか。分かった。じゃあ朝ごはん食べに行っていい?」

緊張で張り詰めた空気など我関せずな様子で、ダリルはそう言って一つ欠伸を噛み殺すと、軽く肩を回し始めた。どうでもいいが、徹夜明けで少々疲れているらしい。今後の国の行き先が決まるかもしれない重大な書状の中身よりも、今日片付ける書類の文面のほうが気になっているという大物具合である。

背伸びをし始める執務官長をちらりとも見ずに「我慢しろ。私だって早くレモンティーが飲みたいんだ」とたしなめると、ローアンは腕を組んで目の前の書状を睨みつける。

「当初の予定通り、協定の日取りを決めなければならないな…」

これまで、フェンネルとデイファレトの二国間協定や会談なら何度か行ってきたが、今回は初の三国間による協定だ。
何を考えているのかわからない戦闘狂のような国がお相手とくれば、色々な方面に準備を施しておく必要がある。

何をしてくるかわからない相手だ。正直な話、散々無視を貫いてきたバリアンがここにきてすんなりと承諾してきたことに疑問を抱かずにはいられない。

おそらく、ここにいる全員が同じ感想を抱いていることだろう。
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