亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
「裏があると考えて、まぁ、間違いないでしょうな」
誰よりも早くこの場にいたアレクセイが、考えこむような、しかし何処か楽しんでいるようにも見える微笑みを添えて率直な意見を零す。
「この協定に臨むにあたり、更に多く、深く、下調べが必要です。何とは言えぬほどそれは曖昧で、不透明で、しかし非常に不気味なものを孕んでいる。三年目のデイファレトの件に関してもあらゆる諜報を行ってまいりましたが、それ以上に念入りな調べが要求されることでしょう。………執務官長には悪いですがな」
「今更だけどさ、執務の業務内容、明らかに越えてるよね。僕、基本的に給与以上の仕事したくないんだけど」
「人手が足りない、わけではありませんよ。ダリル、貴方が優秀過ぎるから仕方ないのですよ。国の一大事には各々が協力しあうもの。私も執事の仕事以外にも身を粉にして働いているではありませんか」
「一体何足の草鞋を履いてるんだって言いたくなるおじいさんに比べれば、ほとんどの人間が働いてないと思うよ」
そりゃあこのアレクセイと比べられてはもう…と兵士の多くが視線を逸らす。
波紋を呼ぶばかりの書状を前にうんうん唸ってばかりでは話にならないと、ダリルは書状を引き寄せて筒状にまとめると、無造作に法衣の懐に突っ込んだ。
「僕の給与の件は後日要相談させて頂くとして、とにかく…表の方から事を進めた方がいいと思うよ」
「協定の日取りですな…」
協定の提案はフェンネル、デイファレトが二国揃って申し出た事を考えると、恐らく同じ内容の書状がデイファレトにも送られているだろう。そうすると、あとは協定を行う日時を取り決める必要がある。
「『海』への門を開ける準備も整えねばな。…今日中にバリアンに宛てて返書を書く。終え次第送るように。そして明朝、私は神声塔に出向いてくる。ダリルはデイファレトに文を送るように」
「…仕事が無尽蔵に増えていく。はいはい、仰せのままに」
やれやれと気怠そうに首を回すダリルの肩を軽く叩き、ローアンはゆっくりと席を立った。
立ち上がる主を見て揃って席を立ち姿勢を正す兵士達を一瞥し、退室するべく扉に向かう。
「裏の方はアレクセイ、任せた。既に色々と下調べをしている中、押し付けるようで悪いが…」
「陛下はどうぞお気になさらず。兵のことは、兵士に任せて下さい。…他に何か留意なされていることがお有りでしたら、何なりと」
「ある…下調べに一点追加だ」
深々と腰を折って頭を下げるアレクセイに、開け放った扉の前で一旦立ち止まったローアンが眉を寄せた表情で言った。
「バリアンの反国家組織、三槍とやらの事だ。協定とあればそいつら、必ず何か動きを見せるぞ」