亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
…不意に、何処からともなく吹きつけてきた突風がライの視界を、その周囲を、赤い砂埃で覆い隠した。
うわっ…と思わず腕で顔を覆ったライの脇を、風は通り過ぎていく。
少しだけ口に入れてしまった砂利を吐き出し、はっとした様にライは顔を上げた。
少しだけクリアになった視界。
見慣れた砂漠の世界。近付く夜の帳の仄暗さ。地平線の彼方に引っ込んでいく茜色の光線。
いつもの、毎日目にしてきた景色。
開いた瞼の内で揺れる彼の瞳が映すものは、そんな見飽きた光景で。
群がる砂喰いの姿など、どこにもいなかった。
「………は…」
異常に渇いた喉から絞り出した声は、酷く震えていて…ドッと、全身から汗が吹きだすのが分かった。
一気に脱力した足に強引に力を込め直して、バランスを保つ。座り込みそうになるのを根気だけで耐え、ライは深呼吸を繰り返した。
……何だっていうんだ…
神出鬼没の凄まじい恐怖に、ライは内心で悪態を吐いた。
襲ってくるかと思いきや、群れで揃って忽然と消えてしまうなど……拍子抜けの具合が激し過ぎて何も言えない。
砂喰いが何故積み荷をほったらかして、しかも自分を襲う事も無く姿を眩ましたのか。
考えれば考えるほど頭が痛い。
とにかく、この奇跡的で奇想天外な生還を喜ぶのが先だろう。
未だ生きた心地がしないまま、ライは改めて木戸に向き直った。
もう夜になる。早いところ中を確認して、早く帰ろう。砂喰いは当分見たくもない。
先程とは違い木戸の取っ手を大胆に掴むと、ライは勢いよくこじ開けた。
開けた途端、荷車の中に茜色の夕陽の指先が何本も差し込む。
光を背にするライには、薄暗い中の様子をすぐに確認することは出来なかったが。
すぐさま明暗に順応した眼球は、荷車の中の光景を鮮明に映した。