亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
闇の中で孤立する彼等の一つ目の下には、微かだが、均一に並ぶ薄汚れた鋭利な牙が覗いている。
昼間の明かりを添えてよくよく彼等の姿を目を凝らして見れば、申し訳程度に身に纏っているボロ衣の汚れは明らかに血で染まったそれであり、赤い砂埃の中に長い爪の様なものも見出だすことが出来るかもしれない。
それは彼等が固い肉を喰らう、しかも極めて獰猛な肉食の生き物である事を意味していた。
赤い砂埃と同化した、奇妙な猛獣である彼等は、天井に浮かぶ丸い月を仰ぎ見ながら揃って瞬きを繰り返す。
砂漠の闇は冷たい。
海辺であるこの静寂の世界はもっと冷たい。
本来ならば暑い日照りの下で動く彼等は、この寒い夜が少々苦手だ。
それでも、底がついて唸り出す腹の音をおさめるために獲物を探しにきていた彼等にとって、この静かで冷たいだけの無の世界は、早々に過ぎ去りたい場所なのだが…。
獲物の影よりも、愛しい太陽の輝きよりも、今この時…何よりも大いに興味を引くものを見付けてしまった彼等は、空腹さえも忘れて同胞達と互いに沸き上がる興奮を共感し合っていた。
砂漠の夜は、長い。
さざ波の音色が木霊する静かな世界。
平らな世を見下ろす満月の眼差しは、広大な大陸を照らし。
隣接する広大な海を眺め。
海と大陸を隔てる、威風堂々と聳える白い壁を捉え。
海辺の片隅で円陣を組む、小さな砂埃の群れと。
―――まるで胎児の様に。
その中央に小さく身体を丸めて横たわる、一人の人間の影を描いていた。
空が白み始めた頃になると、赤い砂埃の群れはもう既にそこには有らず。
横たわる人影も、そこには無かった。
海辺は相変わらず、静かだった。
まるで、最初からそこには何も無かったかの様に。