亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
「去年の三大国会談とやら……ほら、“海”とかいう場所で行われるっていうその会談にも、バリアンは結局欠席したらしいしな」

「………この国の若い王様は…何考えてるのか全く分からねえ人間だしな。……俺の予想じゃこの分だと…」



……また、戦争なんかになるかもしれない。

戦火の臭いに敏感なバリアン国民は皆、そう囁き合う。その予想に根拠など無い。ただ、彼等の単なる勘に過ぎない。
勘に、過ぎないのに。





たとえ隣にいるのが他人でも好き放題に噂し合う野次馬達。

誰もが忙しく口を動かすことに夢中でいる中で……目立ちはしないが、たった一人だけ…門前の兵士達を睨みつけている男がいた。


恐らく成人はとっくに迎えているであろう、見た目二十代前半くらいの若い男だ。
バリアン国民に多い赤褐色の肌に、細身だが適度な筋肉を付けた身体。
赤色を帯びた短い黒髪をすっぽりと覆うように巻かれたターバンは顔の目元まで下ろされているため、その表情ははっきりと見えないが……ばらけた前髪から覗く男の眼光は、見た者を一瞬怯ませるには充分な程に鋭利なものだった。

群集の中で男は沈黙を続けながら…片手に握り締めた小さなナイフを、指先で静かに回していた。
まるで遠くから獲物を観察している獣の様に、男は物音一つ立てずにざわめきの中に溶け込んでいる。


―――不意に、男の周囲のざわめきが更に大きくなった。
城に通じる巨大な門の向こうから歩いてくる、一人のフェンネルの使いの姿が見えた。どうやら用事を済ませて帰ってきたらしい。
異国の人間の存在は、外に出ない民にとってそれだけで物珍しい。どんな奴だ、どんな容姿だ、と揃って群集が首を長くする。

そんな中でもやはり動じないターバンの男に、耳障りなざわめきに混じって声が掛けられた。


「レヴィ、そろそろ戻ろうぜ。街の門の役人が増えてきた」

レヴィ、と呼ばれた男はその声を背に受けると、ゆっくりと声の主に振り返った。
乱雑する民衆の中を掻き分け、いつの間にか背後に立っていたのは……フード付きの真黒なマントで全身を覆った男だった。
灼熱の日光を防ぐ布で首元はおろか、顔まで覆っているため容姿などこれっぽっちも分からないが…その声だけでレヴィには容易に判別出来た。

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