亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
「………分かりました」
ライの声は明らかに迷いを含んだ答えだったが、レヴィはそれ以上は何も言わなかった。
今日は説教をしに来たわけではないのだ。
再び静かになったこの場で、居心地が悪そうに俯いたままのライを励ましてくれているのだろうか…さり気なく、ロキが肘で小突いてきた。
視線だけを彼に向ければ、フードを外した彼の久方ぶりに見る素顔がこちらを見下ろしている。
短い髪の隙間から覗く明るい朱色の瞳に、ライは少しだけ微笑んだ。
「…とりあえず、その娘っ子の処置の件は追い追い決めるとして、だ…。……一旦、本題に移ろうぜ。つーことでライ、報告を」
「はい」
背筋を伸ばし、気を取り直してライは答えた。
毎日街へ行き、強面のオヤジの元で雑用をこなすのは、情報屋であるオヤジから情報を聞き出すためだった。
長である者達の集会にはライは参加出来ないのだが、諜報員としての役割を担っているため、毎度の集会に彼は参加することとなっている。
あのオヤジの店には、重要な情報も紛れ込んでくる。故に、ライの諜報は集会には欠かせない。
「密猟、密輸入の商人から以前聞いた話です…内容は前回と同様、バリアンの国境付近は相変わらず無法地帯同然だそうで、兵士の影など人っ子一人見当たらないそうです」
「それ以外に動きは?」
「ありません。…いえ、見つけられないと言った方がいいです。怪しい動きを見せてこないので……逆に不気味なんです」
「………ああ、不気味だな。心底不気味だ。…特に、何を考えているのか分からない狂人が動かないってのが…一番気味が悪い…」
誰かさんの顔を思い浮かべているのか、レヴィは眉間に深いしわを寄せる。
その脳裏に浮かぶ人物が誰なのか、この場にいる全員が想像するのも容易い程に分かりきっている事だった。
「………陰険眼鏡のケインツェルめ…」
忌々しいとでも言うかの様にロキが呟いたその名前に、ライの表情は一瞬強張った。
どの国にも、策士と呼ばれる人間がいるものだが。
卑怯で狡猾なバリアン国家にも、策士と称される者が一人存在する。