亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
伸び放題だった長い黒髪は腰の辺りで、前髪もばっさりと目の高さで切り揃えられており、最初は分からなかった少女の顔が表に晒されていた。

砂埃や泥の汚れの内には、こんなにも綺麗な姿が潜んでいたのだ。


黒く長い睫毛に縁取られた大きな垂れ目が、先程から固まっているライをじっと凝視している







…自然、見つめ合う形となった二人を隣から呆れ顔で傍観していたリディアは、数秒の後、何だか次第に頬を赤く染めていくライの顔面に右ストレートをかました。


側面から入った強烈なパンチをもろに受けたライは、ぶっ…!という呻き声を漏らすと同時に、その場で膝を折って崩れ落ちた。

両手で顔面を覆い、無言で痛みに耐えながら転がり回る青年を無視し、リディアは少女を支えて再び前進した。
黒髪の少女はぼんやりとした無表情で、足元のライを凝視し続けている。


焚き火の仄明かりの前まで来ると、リディアは少女をゆっくりとその場に座らせた。
されるがままにペタリと座り込んだ少女に、ロキは感嘆の声を漏らす。


「へぇ……なかなかの別嬪さんじゃねえか。…すげぇ、人形みたいだな…お前、名前は?」


瞬き一つせずに、目の前の焚き火を興味津々といった様子でじっと見詰める少女は…。

「―――」

向かい側にいるロキの声に、何故かピクリとも応じない。この狭い空間だ。聞こえていない筈はないのだが。

「…?…おい、お嬢ちゃーん……」

「―――」


再度声をかけるが、少女は一向に応じる気配も無い。
それどころか、赤の他人に囲まれている中でのこの落ち着きようはどういうことだろうか。
怯えもせず、泣きもせず……まるで、本当に人形の様だ。

少女の不可解な態度に、ロキは訝しげな表情を浮かべる。
先程からずっとのたうち回っていたライも、痛む鼻を押さえながら起き上がり、意味も無く左右にゆらゆらと揺れる少女に首を傾げた。



「……おい、女…」

それまで始終黙っていたレヴィが、不意に口を開いた。
威圧感のある彼の鋭い声にも、少女は相変わらず動じない。
< 71 / 341 >

この作品をシェア

pagetop