亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
…カチリ、という聞き慣れたその音にロキとライが反射的に振り返れば…そこには短剣を今にも鞘から抜き取らんとするレヴィの姿があった。
そのまま放置すれば嫌な予感しかしない淀んだ空気に、ロキが慌てて待ったをかける。
「おいおいおい!…レヴィ、見りゃ分かるだろうけど…ほら、相手はあんなちっこいお嬢ちゃんだぜ?…ちょっと落ち着けって…」
「俺は充分落ち着いているつもりだが?……お前は口出しするな。…ほんの挨拶さ」
「それってどんな挨拶!?」
鞘に納まったままの短剣を握り締めたまま、レヴィはゆっくりと腰を上げて少女の元に近付いた。
不安げに事の成り行きを見守るしかないライは、レヴィと少女をひたすら交互に見やるばかりだ。 少女の目の前にまで来たレヴィはその場で膝を折り……おもむろに、鞘の先端を突き付けた。
それは少女を傷付ける事は無いにしろ、殺気にも似た恐ろしい圧迫感が少女を襲っているのは確かだ。
身一つで刃を眠らせている厚い革で出来た鞘の先端が、傷一つ無い少女の綺麗な首筋に沿って動く。
「………まず、名前を言え。…なんなら、偽名でもいい」
「レヴィ…」
最初から疑ってかかっている彼の醸し出す空気は、弱い者が前にすればたちまち竦み上がってしまう。
まさに泣く子も黙るレヴィの冷淡な追求に……少女はようやく焚き火から視線を外した。
真っ赤な炎の明かりさえも映さない漆黒の瞳が、ぼんやりとレヴィを凝視する。
…しかし、やはりと言うか…少女にそれ以上の変化は見られない。
一瞬、レヴィの眼光が鋭さを増した気がして、ライはおろおろと独りで慌てふためいた。
「…もう一度言う。………………名前を言え。そんなことも出来ないのか…」
「…レヴィ、待って」
ピリピリと緊張の糸が張り詰める嫌なこの空間で、レヴィに物申すのは勇気の要ることだが、棘が見え隠れしてきた彼の声に、リディアが何故か溜め息混じりで声を掛けた。
少女に向けられた短剣を、脇から伸びてきたリディアの華奢な手がおもむろに掴む。
「待って。………この子、ちょっと、変なの…」