亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
「あー、やー、あぅー、うぅー…?」
「うん、さっぱり分からん」
同じ目線の高さまで屈んで黒髪の少女に話しかけていたロキは、少女の返答にそう言って笑顔で頷いた。
そのすぐ脇で、他の三人はしばし傍観するばかりだった。
ようやく口を開いたかと思えば、黒髪の少女の唇が紡ぐのはまるで呪文……否、恐らく言葉でも無く意味も無い、ただの単調な声だった。
ゆらゆらと左右に身体を揺らし、何も知らない子供の様に首を傾げながら、意味も無くか細い声を上げる。
…かと思えば突然口を閉ざし、目の前の焚き火、もしくはライをじっと凝視して固まる。
全く以て、意味が分からない。
そしてライは見詰められる度にどぎまぎとしなければならず、忙しい。
「…あの子、最初からあんな感じ。…何聞いても上の空。口を開けば赤ん坊みたい。……それに、何にも知らないみたい。……歩き方も、知らない」
肩を貸して歩かせていたのは、少女が何処か怪我をしていた訳ではなく、単に歩き方そのものを理解していなかったためであるらしい。
奥で汚れた身体を拭く様にと手渡した布巾も、興味津々でみつめているばかり。
髪を切り揃える時も、バサリと切った髪を口に入れようとするし、ハサミ代わりで使っていたナイフの刃を素手で掴もうとしたりと…男達の知らぬ所では何かと大変だったようだ。
…黒髪の少女はまともに話す事も出来なければ、まるで常識が通じない…何とも不思議な子である。
その言動や無知なところを見る限り、まるで赤ん坊だ。
「あー、あぅあぅにゃー」
「ニャー」
お手上げ状態の全員が見守る先で、黒髪の少女は子猫と会話を…いや、子猫の鳴き声の真似を繰り返している。
何ともほんわかとした光景だが、今は癒されている場合ではない。
「……見た感じ…ライと同年代の十五、六って辺りだろ?…けどさ………ありゃ、無えよ………妖精か何かなんじゃねぇの?」
そう言ってロキが少女に向かって何気なく手を振れば、少女は首を傾げてブラブラと手を振ってきた。うん、可愛い。