亡國の孤城Ⅲ ~バリアン・紲の戦~
投げ落とした不動の石の配置をしばし睨んでから、その数秒後。
湿り気一つ無い砂漠の空気ですっかり乾燥してしまった形の良い唇が、微かに言葉を紡いだ。
何かに取り憑かれた様な彼女の声は、よく耳を澄ませなければ聞き取れない。
まるで風の様に、儚いのだ。
「―――………赤、動かない。でも………震えてる…」
そっと、リディアは瞼を閉じる。
そこにある何かを、探るかの様に。
「……でも、違う。怯えとは違う、震え。……震えとは違う………狂った…疼き……」
真上の煌びやかなステンドグラスから降り注ぐのは、虹色に彩られた温かく柔らかな陽光。
心地良い眠気と、例えようの無い幸福と、春そのものを運ぶ天の恵み。
ぼんやりとした光のベールに包まれた、広々とした静かな広間の真ん中で、孤立する一つのシルエットは深々と頭を下げる。
年の頃は、成人を迎えているであろう十代後半。すらりとした長身で、若々しい青年だ。
身に纏っているのは、ほとんど肌という肌を表に晒さない法衣だ。
少し屈めば床に触れる程に長いローブは軽く、動きに合わせてフワリとたなびく。
少々堅苦しくも思える法衣だが、その人物は己の一部の様にきちんと着こなしている。その姿は非常に几帳面な性格を思わせるのだが…。
…ただ一つ、髪に対しては関心が全く行き届いていないのか。肩まで伸びた茶色の髪だけは無造作に一つに括って、はいお終いという無頓着な有り様だ。
姿勢の正しさ、お辞儀の角度、そのタイミング、どれを取っても見本となる恭しい態度……を、見せたかと思えば、次の瞬間には手にした羊皮紙の束で無造作に裾の埃を払い落とした。
なんともマイペースなその人物は何食わぬ顔で羊皮紙に視線を落とすと、一度咳払いで喉の調子を整え…感情の籠もっていない棒読み同然の単調な声音で、つらつらと長ったらしい文面を読み始めた。