白い吐息
机と机の間を歩き、生徒たちの答案用紙を覗き込む。

難しい…
数学って苦手だな…

試験の為に落書きを消された後ろの黒板。
ツルっとした濃緑の板の感触を指で確かめる琴。
見つめる指先にチョークの粉は少しも残らない。

キレイにしてるな…
そういえば田口先生が担任だったっけ…

琴は深くため息をついた。

そして何気なく赤いチョークをつまむ。
彼女の手はそのままキレイな黒板に運ばれた。
慣れた手つきでチョークをスルスルとなめらかに滑らせる。
音ひとつたたない。
琴は遠くを見るように近くにある自分の書いた文字を眺めた。

「先生、消しゴムが…」

生徒の声で我に返った琴は慌て振り返る。

「すいません。落としちゃいました」

「あー、はいはい」

琴はチョークを元の場所に戻すと、ゆっくり歩きながら最前列の生徒の消しゴムを拾った。
かすかにピンク色に染まった消しゴムを見て、生徒は不思議そうな顔をする。
琴は何もなかったように生徒たちを見渡していた。

「残り時間5分です。名前の書き忘れがないかチェックしてね」

腕時計で確認する琴。

「解らない所はとりあえず何か書いとくといいわよ」

数学ではかなり無謀な助言だった。

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