白い吐息
予感 〜You〜
「長谷川先生、2‐Bの自習みてもらってもいいですか?」
小太りの中年オヤジがニヤニヤしながら出席簿を差し出した。
声をかけられた若い女教師は、明らかに嫌な顔をしている。
しかし、すぐにこやかな表情を作って彼女は出席簿を受け取った。
「教頭先生、肩に糸くずがついてますよ」
そう言うと彼女はプイと回れ右をして職員室を後にした。
教頭は頭をグリグリねじらせて、ついているはずのない糸くずを探していた。
「あのオヤジ最悪…」
独り言を呟きながら出席簿を小脇に挟んだ長谷川琴は遠い2‐Bの教室を目指しスタスタと足早に歩いていく。
彼女がこの高校に新人として赴任してきたのは8ヶ月前の今年の春だった。
以来、1年生の英語を担当しているが、職員室ではもっぱら雑用係。
お茶をくんだり、コピーを取ったり、最近では親たちからの苦情の電話当番もしている。
まぁ、新人としては当たり前の仕事であり、本日も自習の監督に繰り出された訳である。
「2‐Bって初めてだな」
教室を前にし、琴は気合いをいれた。
琴が使う気合いのポーズ、右手で拳をつくりこめかみを2回ノックする。
そんな儀式お構い無しに教室からはにぎやかな声がこぼれていた。
「失礼します」
ガラッとドアを開ける琴。
せっかくの丁寧な言葉には何の反応もなかった。
琴も別に期待してた訳じゃないのでシラっと教室に入った。
その時点で琴の存在に気付いたのは1部の女子たちだけ。
゙何よアンタ?゙的な顔で睨み付けている。
新人の女性教師なんて当然のごとく女生徒からは嫌われる存在なのだ。
「席についてくださーい」
琴はそう言いながら教卓の上に出席簿を置いた。