冷たい雨に咲く紅い花【前篇】
あぁ…そうだ。
あのお前が俺から離れた時も、
お前は、
そう、言っていた。
今頃気付き、
俺は愕然とした。
「実織様のお兄様、大丈夫ですか?」
心配そうにメイド姿の女性が、俺を覗き込む。
「…あぁ、なんでもない。ちょっと昔の紘夜のことを思いだしたんだ」
すると、
驚いた表情の女性。
「実織様のお兄様は、紘夜様を昔からご存知で?」
「ーーあぁ、高校が一緒だった」
でも、知らなかった。
あいつが、有名な名家の者という事も。
あいつが、家族の事を話さない理由も。
あいつが、大丈夫と告げて離れた理由も。
「ただ楽しく一緒にバカやって、笑って、それで友人だ、などと思っていた」
何も、
何も知らないで
俺は……
「安心致しました」
え?
思いがけない言葉に顔を上げると、
そこには、嬉しそうに微笑む女性がいた。
「紘夜様、あなたと過ごした時は、楽しくしてらしたんですね。一緒に笑ってらしたんですね」
よかった、
と、そう言葉にする彼女は、本当に嬉しそうに笑った。