冷たい雨に咲く紅い花【前篇】
「紘夜様は、実織様の前では本当に楽しそうです。
きっと、実織様のお兄様と過ごした時も、楽しかったのですね。
そのような時が昔もあって、本当によかった…」
そう話す彼女が、
本当に嬉しそうだった。
「…君、もしかして、紘夜のこと……」
そう、俺が言葉にすると、
いいえ、
と、キッパリと顔を上げて答える。
「仕えるものとして、紘夜様をお慕いしております。
その想い。ただそれだけでございます」
凛とした表情。
心惹かれる、表情だった。
「実織様のお兄様。紘夜様にお気をつけてお帰りください、と伝えていただけますか?」
「あぁ、伝えるよ。必ず」
俺は答えながら廊下を駆け出し、
あ、
と思い出し、彼女を振り返る。
「俺は〝実織様のお兄様〟じゃなくて〝準〟だ。あ、様なんてつけないでくれよ。君は?」
「え、あ…静、音。〝静音〟と申します」
驚いたような表情彼女に、俺は、
「ありがとう、静音さん。君と話せて楽しかった。
そのお茶、次来た時にいただくことにする。ごめんな」
そう片手を挙げ、またな、と言うと、
「お待ちしております。準、さん」
ぎこちなく〝さん〟と話す静音さんの言葉に、
思わず俺は笑みが零れる。
すると、
静音さんも、笑った。
自然な、笑顔。
綺麗な、笑顔だった。
俺はさっきまでのイラだちが嘘の様に、
少し晴れた気分で、真影の屋敷を後にした。