冷たい雨に咲く紅い花【前篇】
「兄様は先に広間に行っていて。私もすぐに向かうわ」
「あぁ、早くな。婚約者をお待たせするなよ」
変わらず、嫌な視線を私に向けつつも、
〝紘夜のお兄さん〟は広間への廊下を歩き出した。
「……婚約者、」
呟く私に、
「そうよ。〝真影夕綺〟には婚約者がいるの。
緋刃のそばにいる〝真朱〟は、じきに消えるわ」
含みを持たせた笑みを浮かべながら、
夕綺さんは〝お兄さん〟の後を追うように、バルコニーから邸内へと戻っていった。
な、んで?
どうして……
夕綺さんの事が、理解出来ない。
助けてくれたと、
あの時は、思ったのに。
なのにーー
色々な思いがめぐり、
どれくらいその場から動けずにいただろう。
「へぇー、コーヤを仕留めにきて、またあんたに会えるとは、
オレはついてるな」
突然、
低く重い声が背後からした。
振り返らなくても、
その聞き覚えのある声に、
体が
震えた。