冷たい雨に咲く紅い花【前篇】
ー静音ー
紘夜様が席を立たれてから、
しばらく、
実織様は、考え込む様に、動かなくなってしまった。
私は、紘夜様の席に用意した食事を下げようと、
ライ麦パンと胡桃パンをのせたお皿を片付ける手を伸ばすと、
「待って、静音さん」
実織様の声がした。
「いかがなさいました?実織様」
「…紘夜、戻ってくるかもしれないでしょう?」
「……残念ですが、紘夜様は戻られません」
「どうして?」
「煙草を、」
「え?」
「煙草を口にされたからです」
「煙草?」
「紘夜様の煙草は区切りの証です。
食事の時間はお終い、このお話はお終い。
ーーそういうことです」