水とコーヒー
「なんか少女趣味っぽいわね(笑)。それじゃ電気を点けたり消したりするたびにチリンチリンうるさかったでしょうに」

「いやまぁそれがそうでもなくってですね。しばらくチリンチリンって2度3度鳴るんですけど、まぁ鈴の重量があるからそうでもないんですよね。本当に2度3度っくらいで」

「ふぅん…その音、今でも思い出せる?」

「ええ、何年もそのままでしたからね。結構鮮明に思い出せますよ」

「そう…それは結構大事なファクターになるかもしれないわね。思い出し方を忘れないでね」

「思い出し方…っていわれても…」

「まぁいいから。それじゃ次に進みましょ。貴方が今思い出したのは天井と電灯。だから貴方は今、貴方が幼かった頃に見ていた床からの風景を思い出せたの。そこからなら簡単よ。そのままお布団に寝ている姿勢で思い出してみましょう。右手にはなにがあって、左手にはなにがあって、足の方向には?頭の方には?窓はどっちにあって、他の部屋への扉はどっちに…?という感じにね」

「なるほど…なんだろ、随分色々鮮明に思い出してきましたよ。へぇ…不思議なもんだなぁ…」

「感心するのは後でいいわ。さ、続けましょ」


こうして僕は先輩に導かれるがままに、昔(といっても20年ほど前だ)住んでいた団地の風景を思い出していった。

つまり当時の記憶というのは中学にあがるまでの記憶。

大学に上がるまでの僕は転勤の多い父について引っ越しを繰り返したので、先輩の指定した「一番長く住んだ家の間取り」というと、あの団地になるのだ。


「…とまぁ、そんな感じですね。いやーびっくりした。結構覚えてるもんですねえ」

「そういうものなんだって云ったでしょ?もっと深く探っていけば、多分貴方の生まれた家の記憶も呼び出せるわよ」

「えー?そりゃさすがに無理でしょう。1歳までしか住んでいなかったんだから」

「1歳なら十分目は見えているわよ?赤ちゃんだからってずっとベビーベッドにいたとは限らないでしょう?お母さんの背中に背負われて、お父さんに抱っこされて、色々な部屋を見て回ったはずよ」

「うーん…でもさすがにそれは自信がないなあ」

「まぁ、それはまた別の機会にでも、ね。今は必要ないから」
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