水とコーヒー
とんとんとーん・とんとんとんとん。

(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)

窓の前に立った彼女は、今度は居住まいを正して顔をあげた。もう恐怖心はなかった。だがやっぱりその顔に見覚えはなかった。

彼女は先輩にまず深々と頭を下げ、それから今度は僕に向き直って頭を下げた。顔を上げると、そこには何ともいえない悲しみと複雑な感情をたっぷりと含ませた笑顔があった。

窓の外からの光で表情はよくみえなかったけど、確かに彼女は微笑んでいる。なぜか僕にはそうわかった。


「さぁ。キミも彼女が明るい方にいけるように数えてね」

とんとんとーん・とんとんとんとん。

(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)


それから西側の窓の光が強くなり、段々と視界を白に染めていく。

彼女の姿がかき消されるように光に包まれ、それから部屋中が光に染まる。現実であれば、あまりに強い光に目を背けるところだろう。だが僕は目を閉じず、全てを見つめていた。

やがて僕の身体も白くなる。先輩の身体も同じように白くなり、全てが白くなったところで、僕は現実の自分の手に優しく触れるなにかを感じて、意識を引き戻された。
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