水とコーヒー
出迎えた店員に喫煙席か禁煙席かをきかれると、先輩は迷うことなく喫煙席の一番奥の席を指さして「あそこがいいな」と指定した。ちょっと強引なくらいの口調で。

「それではこちらへどうぞー」と案内されるままに、僕らはその奥まった席に陣取った。座ると早速先輩はメニューを広げて「なににしようかなー」などと暢気に云っている。

僕はこれから始まる“なにか”に、ちょっとした怯えにもにた感情があったし、そもそもあまりよくしらない女性と食卓を囲む事も、これまで多くなかったので、そうした意味での緊張もあって、灰皿に手を伸ばした。

「ん?吸うの?」

先輩がメニューから顔を上げて訊ねたので、僕は躊躇して「あ、いや、いいすか?」と訳のわからない受け答えをした。

「どうぞー。あたしも吸うときあるから気にしないでいいわよ。でも食事中はNGね」

と笑いながら灰皿を勧めてくれる先輩に会釈しながら「もちろんですよ。俺も飯の間に吸われるのはイヤなんで」と返す。これだけで少し緊張がほどけた。

ちょっとした共通点を見いだしただけで我ながら容易いもんだなと、少し自嘲気味の笑みが口元に浮かびかけた。
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