イラツエ
人間の屋敷に忍び込むのも、人間を殺すのも、初めてだった。
嫌な臭いのする見えない壁が邪魔するように立ち塞がっているのが分かる。
主人はこれが嫌なのだ。
人間はこれを『結界』と呼ぶらしい。
何人ものアタシのような獣人や人間の体を使って作る生臭い臭いのする『結界』
無理に入ろうとすれば代償として自分の血が流れる事を覚悟しなければいけない。
アタシは主人には逆らえない。
『結界』を破るしか道はない。
今までアタシの世界はアタシ以外全てを殺す事でやっと出来上がる世界だったから。
そこを出たとしてもする事は変わらなかった。
分厚い皮膚を爪で引き裂き、この牙で喉元に食い尽く。
おびただしい血を振り撒きながら邪魔者を消しながら標的のもとへ走る。
錆びた金物の臭いが鼻を惑わせ酔わす。
アタシは標的を呪い殺す為だけに生まれた。
今、目的を果たすのだ。
『バケネコじゃっっ』
『バケネコが現れたぞっっっ殺せっ、殺せぇぇぇっっ』
人間が煩く喚きたて、矢を射かけ、刃で切り裂いてくる。
アタシは足に矢が刺さり、背中を切り付けられたが、道標を目指し走り続ける。
アタシは呪いの猫だ。
標的を殺さなければ、呪詛は跳ね返り、アタシも主人も死ぬ。
何故主人が標的を殺すのかも、標的がどんな奴なのかも知らない。
アタシの理解すべき事ではないからだ。
アタシはこの体を使って人間を殺す事しか出来ないただのバケネコだ。

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