優しい声



そして。

桜に遅れる事数ヶ月。
私もようやく退院できた。

世間は既に夏休みに入っていて、陽射しの強さが心地好く感じる日。
新居で待つ桜に会える楽しみいっぱいに、健吾と一緒に帰ってきた。

「寝返りしてハイハイして、なかなか目が離せないぞ」

そう聞かされていた桜を早く抱きしめたい。
きっと可愛いさかりで、ニッコリ笑ってくれるはず。
入院中はなかなか会えなくて、今日会うのも1か月ぶり…。
これからは毎日一緒に楽しく過ごせるはず…。

まだ新しい香り漂う玄関に入ると、ずっと世話をしてくれていた葵ちゃんに抱っこされた…桜がキョトンとした瞳を私に向けていた。

はっきりとした顔は健吾に似ていて、月齢にしては小柄な体。
じっと私を見つめる瞳は私の涙を誘ってる。

そっと近づいて、桜に両手を伸ばした。
リハビリを頑張ったのは、全てこの時を迎える為。
桜を抱きしめて、胸の中に閉じ込めて。
桜の温かさを実感したいから…。
薬を飲んでいる私には、母乳を与える事は許されないから…。
抱きしめてあげるしかできないけれど。

入院中もずっとずっと桜をこの腕に抱く日を夢見ながら何度も泣いた。

そしてようやく。

< 5 / 26 >

この作品をシェア

pagetop