記憶を無くした妻
何気ない日々
「部長!
病院からお電話が…!
奥様が事故に……」

もうすぐ寿退社しる橋詰君がそう言った。

私は心臓が張り裂けそうになった。

上着と鞄を持ち私はタクシーに乗り病院へ向かう。

頭が真っ白で運転手に「着きましたよ」と、言われるまでどうしていたのかさえ分からない。

受付で妻の名前を言い、早歩きで病室まで急いだ。

「光子…!」

ノックもせずに病室へ入ると医者と思われる男性が私にお辞儀した。

「河本 光子さんの旦那様で…?」

まだ若い医者は私を見つめながら言った。

私はそうです、と医者も見ずに答える。

「お話が…」

光子の頬を軽く触り、その暖かさに何故かほっとする。

医者はどこかの部屋へと私を通した。
白い部屋にテーブルと椅子、壁には小さな絵が飾られており少し寂しい部屋。
その中で医者は険しい表情をし、慎重に話始める。

「奥様は目立った外傷もなく命に別状はありません…。
ですが…頭を強く打っていまして……―」

医者は私の反応に目もくれず、妻の淡々と話を続ける。
私は医者の態度が事務的に思えた。
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