流華の楔
「なーにが落ちるって?」
「……!」
突如背後から聞こえた楽天的な声音に、思わず息を呑む。
兄、有真だった。
「あ、兄上…随分お早い到着ですね…?」
和早は手元の資料を片付けつつ、苦笑いで兄を出迎えた。
なんたる失態。
資料に気を取られていたせいで、兄の足音にさえ気付けないとは。
まさか、今の言葉を全て聴いた上で惚けた台詞を吐いたのでははあるまいか。
和早は内心そう勘繰った。
「…あれ、なにその顔。もしかして歓迎されてない? せっかく急いで後を追ってきたのに、ひどいなあ」
「…いえ、そんなつもりは。早々のご帰藩ありがとうございます、兄上」
「うん。これも藩の為だしね。父上が亡くなったのは悲しいけど…これからは私たち二人がいるし、なんとかやっていけるさ」
有真が満悦する様に、先程の懸念が少しだけ薄れた。
けれど。
お互い“知ってるのに知らないふりをしている”ことには変わりない。
偽りの笑み 偽りの態度
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