流華の楔
葵は帳面をめくり、記されているそれに目を通した。
一通り見終えるなり暗鬱な表情を浮かべる。
「猶予は多く見積もっても数か月……フランスの“助け舟”が間に合えば良いのですが」
「あの者たちは慎重だからな。お前の交渉術を信用していないわけではないが…様子を見てくる可能性もある」
「ええ」
この国にもフランスの軍事顧問は数人いるが、異国との交渉は日本人が行うことにしている。
榎本は数か国語を操るし、土方の同僚である陸軍奉行の大鳥圭介も英語を話すことができるからだ。
特に葵の場合は相手が渋った時に代行することが多い。
訳は…いわずもがなである。
「まあ、それはフランスの返事を待つとして…。本当にあれで良かったのか?」
「…は?」
「土方だよ。お前が大鳥の婚約者だと説明したら、物凄く落ち込んでいた様だったが…」
罪悪感だ、と榎本は項垂れた。
「…良いんです。私は“葵”なんですから」
和装に戻った葵の髪には、昔の仲間に貰った簪が。
無意識にそれを選んでいたことに苦笑しつつ、手を伸ばして外した。