ふたりごと


私の様子など松崎くんはまったく気づいていないようで、コーヒーをマイペースに口に運んでいた。


彼はいつもブラックでコーヒーを飲んでいる。


本当にコーヒーが好きなんだな、と伝わってくるように美味しそうに飲むのだ。


「西山さん、明日は仕事ですか?」


「明日?休みだよ」


不意に尋ねられて、私は少し不思議に思いながらも答える。


すると彼は「提案なんですけど」とコーヒーカップを静かにテーブルに置いた。


「今日はお酒でも飲みに行きませんか」


意外だった。
松崎くんもお酒とか飲むんだ。


二十歳を越えているわけだし、大学生だから飲み会も多いとは思うけれど、彼がお酒好きにはあまり見えなかったので、まさか飲みに誘われるとは思ってもみなかった。


「あ、もしかして…お酒苦手ですか?」


私がなかなか返事をしなかったので、彼はすぐに不安げに顔色を伺ってきた。


「ううん!お酒飲めるよ。昨日も仕事のあとに同僚と飲んだもの。たまにはお酒を飲むのもいいかもね」


「よかった。俺もけっこうお酒は好きなんです」


ホッとしたような表情で微笑む松崎くんを見ながら、私は彼とはまた別なことを考えていた。


お酒を飲んだら、彼はまた違う顔を見せてくれるかもしれない。


いまだに私に見せてくれない、本当の顔、本当の気持ち。


私たちはカップに残っていたコーヒーを飲み干し、お店を出た。













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