ふたりごと


「会えましたか?元彼と」


松崎くんに尋ねられて、私は小さくうなずいた。


「会って、ちゃんと話したよ。言いたいことも言えた。だから、もう元彼とは会わない」


「そうですか……」


松崎くんはなんとも言えない、困ったような恥ずかしがっているような複雑な表情をしていた。


「どうかしたの?」


何かまずい事でも言ってしまっただろうか?


そんなことを考えていると、松崎くんは即座に頭をテーブルにくっつけるぐらいの勢いで下げて、


「本当にすみません」


と言った。


いきなり頭を下げたので何事かと驚いてしまった。


「ど、どうしたの?大丈夫?」


「違うんです」


困惑する私を見て、彼はとても落ち込んだように答えた。


「俺、さっきわざと電話したんです。今頃西山さんが元彼と会ってるのかと思ったらなんだか急に不安になって」


「そんな、全然何もなかったよ」


「分かってます」


松崎くんは反省しきった様子で、


「そんな人じゃないってもちろん分かってます」


と言った。


「そもそも、西山さんが俺のことを好きだって言ってくれたことさえ、なんだかまだ信じられなくて……。この1ヶ月、ずっと夢の中にいるみたいな感覚で過ごしてました」


あぁ、そうか。


目の前で恐縮している松崎くんを見ていたら、大人びていると思っていた彼が急に年相応に見えてきた。


好きだから不安になる。
それは私もたくさん経験してきたことだ。


こんな時は、ちゃんと安心させてあげなきゃいけないんだ。


「私ね、この1ヶ月、元彼との思い出を整理してたの。整理してたはずなのに、気づいたら松崎くんのことばかり考えちゃって」


松崎くんは私の言葉を聞いているうちに、表情がいつもの穏やかなものに戻っていった。


「ちゃんと同じ気持ちだから、私のこと信じて」


ちょうど1ヶ月前に松崎くんに言われた「俺のことを信じてください」という言葉。


それを思い出したのか、彼は優しく微笑んだ。


「ありがとうございます」


恋愛をしていると相手の気持ちが分からなくなるし、不安にもなりやすい。


でもその都度、補えればいいのだ。


私たちはまだ始まったばかりだ。








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